2012年2月15日水曜日

手厚いセーフティーネットが強い国を作る
「日経ビジネス」より
経済学には「再分配のパラドクス」という言葉があります。生活保護のように、貧しい人々に限定して現金を給付すれば、貧困や格差が少なくなるように見える。でも、現実には、病気や介護、子育てなど貧富に関係なく広く、手厚く保障する方が格差は縮小し、貧困が減少する。垂直的分配ではなく、水平的分配の方が貧困は減る――。このことを、再分配のパラドクスと言います。

 前者のように貧しい人に限定して再分配しよう、と考えている国は米国や英国です。米国や英国の生活保護費は世界で最も多い。常に、この2カ国でトップ争いをしている。それに対して、高福祉で知られるスカンジナビア諸国は生活保護をあまり出していません。

スウェーデンでは医療サービスは基本的にタダ。教育サービスや介護サービスも無料です。そのため、家族が病気になった、子供が学校に通いだした、親に介護が必要になった、と言っても生活保護費を増やす必要がない。その人が口にする物と身にまとう物だけのお金を給付すれば済むわけです。
 ―― ほかのセーフティーネットが厚いため、生活保護費を増やす必要がないということですね。
 神野 そうです。いろいろなネットに引っかかるため、ラストリゾートとしての生活保護が結果として少ない。ところが、セーフティーネットが少ない日本や米国では、貧しい人が直接、ラストリゾートに落ちてきてしまう。しかも、その生活保護で国民年金保険料や医療費を払わなければならない。これでは、格差はなくなりませんよね。
 セーフティーネットの重要性は福祉に限った話ではありません。
 スカンジナビア諸国は1990年代後半に高成長を実現しました。これは、セーフティーネットが経済成長を阻害するものではないということを示しています。それに、今後、先進国は従来の重化学工業から自然資源を乱費しない知識集約型産業にシフトしていかなければならない。
 この知識集約型産業では人間の能力がすべて。セーフティーネットが幾重にも張られていれば、人々は安心して冒険することができる。逆に、最低限の安心がなければ、人は何かに挑戦し、知的能力を高めようとはしませんよね。セーフティーネットを張り巡らせる方が、逆に経済成長すると私は見ています。
 しかも、そのネットはトランポリンでなければならない。

自発的な勉強サークルが危機を救った
 ―― トランポリンですか。
 神野 セーフティーネットは落ちても死なないために整備するもの。でも、スウェーデンではそのネットを就労に結びつけている。つまり、「働くための福祉」。失業しても、再教育、再訓練して働けるような福祉を提供していく。私はこのことを「シュンペーター的ワークフェア」と呼んでいます。ワークフェアというのは、就労(ワーク)と福祉(ウェルフェア)の造語ですね。
 能力開発型の福祉になると、人間の能力を高めて生産性の向上や技術革新を実現し、国際競争力を高めよう、という発想になる。訓練によって衰退産業から成長産業へ移そう、という考え方ですね。それに対して、日本の場合は国際競争力を高めようとする場合、賃金を下げる、という発想になってしまう。人的投資を考えていないということですよね。
 ―― 1990年代初頭、金融危機によってスウェーデンは破綻寸前に陥りました。その後、銀行の国有化などを断行、1990年代後半には奇跡の復活を遂げました。この復活にも教育の力が大きな役割を果たしたそうですね。
 

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